金名世 inrn r B919eutE NUu
金名世 | |
---|---|
吉林省公署警務庁庁長在任時(1930年代前半) | |
プロフィール | |
出生: | 1886年(清光緒11年) |
死去: |
1964年 中国 |
出身地: | 清盛京将軍管轄区奉天府興京庁 |
職業: | 政治家 |
各種表記 | |
繁体字: | 金名世 |
簡体字: | 金名世 |
拼音: | Jīn Míngshì |
和名表記: | きん めいせい |
発音転記: | ジン ミンシー |
ラテン字: | Chin Ming-shih |
金 名世(きん めいせい)は中華民国、満州国の政治家。愛新覚羅氏、満州正藍旗の人。満州国では厚生部大臣などをつとめた。
事績[編集]
北京国立法政大学を卒業。1922年(民国11年)、吉林延吉鎮守使署軍法官となる。1926年(民国15年)、吉林浜江鎮守使上校参謀長に任ぜられた。1931年(民国20年)、吉林の汪清県県長となった。
満州国成立後は、ハルビン特別市実業総局局長、吉林省公署警務庁庁長、間島省民政庁庁長を歴任した。1934年(康徳元年)12月、三江省省長に昇進している。1937年(康徳4年)7月1日、熱河省省長に異動した[1]。1940年(康徳7年)5月、新京特別市市長となる。1942年(康徳9年)9月28日、吉林省省長に移動した[2]。
1944年(康徳12年)4月、民生部大臣に起用された。翌年3月、民生部は厚生部に改組され、金名世がそのまま大臣をつとめている。
満州国滅亡後、金名世はソ連軍に逮捕される。後に中華人民共和国に引き渡され、撫順戦犯管理所に収監された。数年を経て特赦により釈放された。晩年は史料としての回顧文を書き残している。
1964年、死去。享年79。
注[編集]
- ^ 「満州の人事異動 行革に伴い七月発令」『東京朝日新聞』昭和12年(1937年)6月12日、2面。
- ^ 「共栄圏の重責完遂へ 満州国大臣全面更迭」『朝日新聞』昭和17年(1942年)9月29日夕刊、1面
参考文献[編集]
- 徐友春主編『民国人物大辞典 増訂版』河北人民出版社、2007年。ISBN 978-7-202-03014-1。
- 王鴻賓ほか主編『東北人物大辞典 第2巻』遼寧古籍出版社、1995年。ISBN 7805074135。
- 劉寿林ほか編『民国職官年表』中華書局、1995年。ISBN 7-101-01320-1。
- 『長春市志 少数民族志・宗教志(上巻)』吉林文史出版社、1998年。
満州国
|
---|